ダグザとフォドラの戦争史:同じ戦争で変わった3人の人生重大なネタバレ
帝国暦721年の侵攻から1175年の戦役まで、シャミア・ペトラ・コンスタンツェの経験をたどります。
元動画:『万紫千紅』の舞台ダグザ:フォドラとの戦争史を解説|日本語ゲームチャンネル 兵法者セミマル
戦争が変えた3人の運命
ダグザとフォドラの関係には、『風花雪月』や『無双 風花雪月』で多くの手がかりが残されています。帝国暦で整理すると次の通りです。
| 年 | 戦争 |
|---|---|
| 721 | ダグザとブリギットがフォドラへ侵攻 |
| 728 | 帝国がブリギットへ反攻 |
| 731 | 帝国のダグザ遠征が失敗 |
| 1175 | 連合軍が再侵攻し、シャミア・ペトラ・コンスタンツェの人生が変化 |
戦争と支援会話をつなぐと、多くの人物関係が理解できます。
海を渡った遺産の腕輪
まずユーリスとコンスタンツェの外伝です。ゲルズ公が襲われ、救出すると彼の持つ遺産の腕輪を得られます。出所はダグザで、1175年の戦役後、外務卿だった公が講和の友好の証として受け取りました。
さらに公は、セイロスが十傑とその勢力を追った際、遺産を持って海へ逃げた人物がいた可能性を語ります。ただしオーバンの紋章は十傑に含まれず、材料や伝来には謎が残ります。
『無双』の設定集では、一部の遺産の紋章石は半分でも互いにつながり、機能を保つとされています。腕輪は左手に着け、手の甲に半分の紋章石が埋まるように見えます。
カイの左手にも赤い丸い物体があり、もう半分ではないかという発売前の推測です。ただし表面は滑らかで明瞭な紋章石の印もなく、外見には違いがあります。
帝国初期の3つの戦争
帝国暦721年、ダグザとブリギットの連合軍が西部フォドラへ侵攻し、帝国は被害を受けながら撃退しました。7年後の728年には帝国がブリギットへ反攻して勝ち、島々を支配します。さらに3年後、ダグザも攻められると考えましたが、今度は大敗しました。
ブリギットは両大陸に挟まれ、どちらよりも弱く、圧力や勝敗で立場が変わりがちです。征服しても信頼できる遠征拠点を得たとは限りません。
『無双』の遠征記録では、上陸しても予想した集落が見えず、突然襲撃されて林へ誘い込まれ、混乱で船が衝突し、海に炎が上がって退路も塞がれます。帝国は以前の戦争で相手が消耗したと考えましたが、抵抗は予想以上でした。ブリギットも再び離反し、遠征軍は海岸へ逃げ帰りました。
再侵攻と帝国内部の対立
1175年、ダグザとブリギットの連合軍が帝国西端を攻め、最終目標は首都アンヴァルでした。シャミアはダグザの傭兵として、ペトラの父はブリギットを率いて参戦します。ペトラは父自身が決めたと語り、すべてをダグザの責任とはしません。
海岸で最初に攻撃されたのはコンスタンツェのヌーヴェル家です。魔道に長けた家でしたが、開戦時には政治的な後ろ盾を失っていました。
4年前の七貴族の変で皇帝は大貴族との権力争いに敗れ、皇帝側のヌーヴェル家も中枢から排除されました。沿岸への侵攻で十分な援護を得られず、領地と家が大打撃を受け、戦後は取り潰されて領地がゲルズ家へ移ります。滅亡には外敵だけでなく、帝国の分裂も関わっています。
連合軍の攻勢を覆した伯爵
近くのゲルズ家やオックス家も巻き込まれ、オックス家は当主を失いました。最後に連合軍を止めたのは軍務卿ベルグリーズ伯、カスパルの父です。
シャミアの回想では、勝利寸前だった連合軍の状況を伯爵が覆しました。個人の武力だけでなく指揮にも優れ、攻勢を止めます。連合軍は退却し、ペトラの父は戦死、シャミアも相棒を失いました。帝国の勝利でも、生存者は損失を背負い続けます。
戦後の3人の暮らし
シャミアはフォドラに残され、ガルグ=マク地下へたどり着きました。教会の人物との衝突後にレアに助けられ、セイロス騎士団へ入ります。恩は忘れませんが敬虔な信者にはならず、恩返しと傭兵の立場を分けて考えます。
ペトラが父を失ったのは11歳です。祖父が王位を継ぎ、彼女は客人の名で人質として帝国へ来ました。言葉が通じず貴族にも軽視され苦労しましたが、ゲルズ公やエーデルガルトに助けられました。そのため帝国には複雑な思いを持ちつつ、助けた個人には感謝します。父の仇の息子カスパルへの葛藤は支援会話に表れます。
コンスタンツェは家の滅亡で大きな心の傷を負いながら、再興を目指します。ペトラへ恨みを向けず、魔道学院から士官学校へ進みました。対照的な2つの性格の背景には、この一続きの経験があります。
南の気候と技術交流の手がかり
シャミアはダグザ南部がアリルより暑いと語り、ペトラはダグザの武器や技術の導入に触れます。戦争だけでなく、交流も続いていました。
遺産がどう海を渡り、各地の人がどう暮らし、外の大陸がどんな場所なのか、前作の手がかりは疑問を広げます。発売前の楽しみは、支援会話で聞くだけだった土地へ実際に入れることでした。